はじめに|「ちゃんと勉強してきたはずなのに」という感覚
エンジニアとしてそれなりに年数を重ね、
技術エンジニアとしてそれなりに年数を重ね、
技術も学び、実務で成果も出してきた。
- 新しい技術を追っている
- 業務で評価もされている
- 転職すれば年収も上がった
それでも、ふと湧いてくる感覚があります。
「この先も、このままで大丈夫なのか?」
この違和感は、
ここ数年でより強くなった気がします。
その背景にあるのが、
AIの急速な進化です。
技術力が「安心」に直結しなくなった理由
技術の変化スピードが、個人の学習速度を超え始めている
もともとエンジニアの世界は変化が速いですが、
AIの登場でそのスピードは一段階上がりました。
- 数年前の主流技術が、急に重要でなくなる
- 新しいツールやライブラリが、短期間で台頭する
- 「学んだ頃には次が来る」感覚が強くなる
真面目に勉強しているほど、
追いついていないのでは?
という感覚に陥りやすくなります。
AIが「できること」の範囲が想像以上に広がった
AIはもう、
- コード補完
- テストコード生成
- 設計のたたき台作成
- ドキュメント生成
といった領域まで入り込んできました。
ここで生まれるのが、
こんな不安です。
自分が時間をかけてやってきたことが、
AIに置き換わるのではないか?
重要なのは、
AIが仕事を奪うかどうかよりも、
「技術の価値が変質している」感覚が
エンジニアの安心感を揺らしている点です。
技術力は「比較され続ける指標」になった
SNSや技術ブログ、登壇、OSS。
今は、他人のアウトプットが
簡単に目に入る時代です。
- 自分より若くてすごい人
- 異常なスピードで成長する人
- 技術力を武器に成功している人
それを見るたびに、
自分はまだ足りないのでは?
という感覚が刺激されます。
技術力が、安心材料ではなく不安の燃料になる
そんな逆転現象が起きています。
技術力が「相対評価」になり続けている
AIの普及で、
- 生産性の差が可視化されやすくなった
- 個人差が、より露骨に出るようになった
結果として、
- できる人は、さらに速くなる
- そうでない人との差が開いて見える
SNSや技術記事を通じて、
自分はまだ足りないのでは?
という感覚を
常に刺激される環境になりました。
技術力が、安心材料ではなく、
不安を増幅させる指標になりつつある
とも言えます。
AI時代に「技術一本足打法」が不安定になる理由
昔は、
技術さえあれば食っていける
という空気がありました。
でもAI時代では、
- 技術は前提
- それをどう使い、どう価値に変えるか
がより強く問われます。
- 課題を定義できるか
- 文脈を理解して設計できるか
- 人や組織と調整できるか
AIが得意な部分と、人が担う部分の境界が、
少しずつ見え始めています。
それでも「技術力は無意味」ではない
誤解してほしくないのは、ここです。
技術力は、今でも重要です。
ただし、
- 安心を保証するものではなく
- 選択肢を広げる土台
に近い存在になりました。
技術力があるからこそ、
- 環境を選べる
- 学習を継続できる
- 別の道も検討できる
技術力は、
万能な盾ではなく、使い道の多い道具
になったと言えます。
それでも技術力は、今でも重要
ここで誤解してほしくないのは、
技術力が不要になったわけではない
ということです。
むしろ、
- AIを使いこなす
- 生成結果を評価する
- 現実の制約に落とし込む
こうした部分では、
技術的な理解が不可欠です。
ただし、
技術力 = 安心
という時代ではなくなった。
技術力は
安心を保証するものではなく、
選択肢を広げるための土台
になったと感じています。
不安が消えない本当の理由
エンジニアが不安を感じるのは、
- 自分の努力が足りないから
ではなく - 不確実性が増えすぎたから
です。
- 技術の寿命が読めない
- 業界の流れが早すぎる
- AIの進化が予測できない
この状況で「安心しろ」という方が無理があります。
安心感は「分散」から生まれる
今の時代、安心感を一つに預けるのは危険です。
- 技術だけ
- 会社だけ
- 年収だけ
ではなく、
- 技術力
- 環境選択(転職含む)
- 副業やアウトプット
- 人とのつながり
こうしたものを少しずつ分散させる。
自分は、
それが現実的な「構え」だと思っています。
まとめ|不安があるのは、時代のせいでもある
技術力があっても安心できない時代になりました。
それは、
- エンジニアの価値が下がったからではなく
- 技術と環境の変化が速すぎるから
です。
AIは脅威でもあり、道具でもある。
その中でエンジニアができるのは、
技術を磨きながら、安心の置き場を一つにしないこと。
不安を感じるのは、
真面目にこの時代を生きている証拠。
そう思っています。
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